自分に訪れた幸運を自分の力だと思い込むか、それとも何か別のものの力だと感じるかは、きっと人それぞれ捉え方が違うように思える。
でも自分は、自分以外の何かのおかげだったと考えられるようにしたい。
〇
年が明けてから割とすぐのことだった。
コップと、茶碗を割った。
単純に自分の不注意なんだろうけど
連続して何かを割る経験なんてしたことなかったから
少しだけ怖くなった。
物が割れることは、何かのお告げだ、とかよく聞くけれど
明らかに自分の不注意であって
そんな根拠に乏しいものを、信じようなんて気にはなれなかった。
あんまり人には話したことがなかったのだが、
昔、スピリチュアルな経験を度々した。
主に自分と母親に、それはみられた。
そんな経験からか、母親は割と非科学的なものですら容易に受け入れる。
これといった宗教心なんてないのにも関わらず。
僕は、論理的で説明のつく物が好きだ。
自分の中にある複雑な感情を文章に起こすのが好きだ。
当然そこには難しさもあって、簡単ではない。
簡単ではないからこそ、やってて飽きない。
でも、世の中には説明のつかない物も溢れている。
実際、自分も経験している。
それ故に、説明のつかないものの存在も、否定する気にはなれない。
説明のつかないものの存在が証明できない反面、「存在しない証明」もできないのだから。
○
先日、友人と車で遊びに行った。
予報では、夜から次の日にかけての雪。
ノーマルタイヤでも問題なく走行できるだろうと踏み、
温泉を目的に出かけた。
雪の降り出す時刻よりも前に出発し、山を抜けよう。
早くに雪が降り出すリスク、それから道中通るであろう山の標高も考えず、
出発してしまったことは、今思えば反省すべきところだったのだと思う。
温泉は、都会にあるものとは違って、人が少なく快適だった。
露天風呂はほぼ貸し切りとも言えるレベルだ。
そして出発少し前に、雪が降り出した。
早めの雪だった。ひとまず雪の中車をだし、
雨の降る平地を目指した。
そこからが大変だった。
山道を一度登る必要があり、みるみるうちに
雪の積もる道に変わって行った。
途中、山を下る反対車線の車が、山側の路肩にはまっていた。
そこにはパトカーもいる。
嫌な予感がしてきた。
左側は谷だ。
両手でハンドルを握りながら、低速で車を進める。
悪いことに雪は激しくなり、上りの傾斜がキツくなってきた。
そこで車が進まなくなった。アクセルをベタ踏みしても
ハンドルを切る方向に進まない。
ひとまず車を止めた。
全身から血の気がひいた。
場所は道のど真ん中。対向車も現れる中、その場で立ち往生してしまった。
額に汗がにじむ。久々にこんな感覚になった。
対向車の中から、おじさんが出てきた。
「これノーマルだろ?よくここまで登ってきたな!」
「これ以上絶対進まないよ。峠越えても下りだから危ない」
てっきりひどく怒られるかと思った。
今、周囲の2、3台の車に迷惑をかけている。
しかしおじさんは驚きはしたものの、全くと言っていいほど怒ってはいなかった。
「この先少し登ったところに車を止められる宿がある。そこの前まで牽引するよ。
道具ある?」
おじさんは雪の降る中、黙々と作業を始めた。
他の対向車も、ライトをつけその場を照らしてくれていた。
友人は、その後の手段を考えあらゆる場所に連絡していた。
僕より全然、冷静だった。
自分は、おじさんのそばで傘をさしていることしかできなかった。
「よし、車出すから、よくハンドル握って、何かあればクラクションを一度鳴らしてくれ」
初めて、牽引される。
牽引されるとは言え、ここからはより雪の深い、傾斜のある登り坂だ。
ハンドルを強く握り、出発する。
こんな気持ちになるのは
教習所で初めて運転をした時以来だ。
さっきまで、僕は何もできなかった。
だから、ここでは絶対安全に登ってやる。
両手に力を込めて、前方に集中した。
5分もしないうちに、登り坂の途中にある宿の前についた。
そこには車を止めて置けるスペースが幸いにしてあり、
ひとまず安全に待機できるスペースであった。
「ここでJAFとか呼んで、車移動してもらいな!」
おじさんは最後まで優しかった。
「じゃあ、がんばってね!」
運転席から、こちらに手を振ってくれた。
僕は思わず大声で、ありがとうございますと叫んだ。
本当はちゃんとお礼がしたいが、住所や名前を聞くのも
かえって迷惑だし、断られるに決まっている。
だからちゃんと、頭を下げた。
車窓からみえるおじさんは、優しく笑っているように見えた。
○
「ひとまず、この後のこと確認していくよ」
友人はそう言って、何件も電話をかけてくれた。
幸い、ここは電波もきている。
一方で雪は強まっていった。ひとまず車内で暖をとることにした。
その時、宿の玄関先に人の気配がした。
きっとここの宿の人だろう。
玄関から車まで距離があったが、宿の人に住所を聞いた。
多分今聞かないと、自分たちの正確な位置が把握できない。
直感的にそう感じたからだ。
なんとかそこで正確な住所を把握できた。
友人の確認で分かったことは、
雪のない市街地までレッカー移動が必要なこと。
加えて自分と友人を移動させるための、タクシーの手配が必要になる。
この2つだった。
こんな山中にタクシーなんて呼べるのか。しかも積雪が激しい中。
ダメ元でも探すしかなかった。
タクシーなんて普段使わないが、なんとなく、さっき宿の人から聞いた住所からわかる
地名をもとに調べたところ、一社見つけることができた。
それはこの山から一番近いであろう市街地にあるタクシー会社だった。
「30分から40分で向かいます!」
そう連絡をもらうことができた。
その後、レッカー車の手配も無事済ますことができ
車の中で1時間ほど待機することとなった。
ひとまず、この山からは抜けられそうだ。
市街地からどうやって帰るかが、まだ課題ではあったのだが。
○
レッカー車よりも先に、タクシーが来てくれた。
タクシーの運転手は、レッカー車がくるまで30分ほど待機してくれた。
そしてようやく、レッカー車がきた。
そしてパトカーもいる。
レッカー車からお兄さんが出てきた。
「君たちラッキーだね!さっきここより下で別の作業してたから、すぐに来れたんだ。
何万分の一の確率だよ……」
「それに、これ以上雪が積もればレッカー車でも移動できなくなっていたからね。」
「というかよくここまでこれたね!タクシーも手配できたのか!」
その後パトカーのおじさんも、窓から声をかけてくれた。
「賢明な判断です。よかったですね。」
レッカー車のお兄さんは、その場で即作業を始めた。
「僕は後から車を連れていくので、山降りたところの駅で落ち合いましょう。」
僕と友人はタクシーに乗り込み、一足先に山を下ることとなった。
タクシーの運転手にも、しばらく待ってもらっていたのだ。
感謝しながら乗り込み、山道を進んだ。
「この車は四駆なので大丈夫ですが、うちの会社に一台しかないんですよ。
他の車じゃこの山道は大変だ……この車が空いていてよかったです。」
四駆、そしてスタッドレスタイヤのタクシーでも、狭い山道は危険だ。
20キロほどの速度でゆっくりと進む。
途中目の前に、道の半分を塞ぐようにして木が現れた。
視界が悪く、直前まで障害物の目視ができなかったのだ。
すっかり陽が落ち、暗くなった中の雪と霧。
積もる雪の合間に見える中央線だけを頼りに、
車を進めることしかできない道もあった。
30分ほどだろうか。
ようやく、市街地まで出ることができた。
レッカー車もすぐに到着し、なんとかして雪の無い場所まで来ることができた。
「ここから帰るのはやめた方がいいよ。ひとまず今日はこの辺に泊まって
明日帰った方がいい。」
レッカー車のお兄さんにそう言われ、ひとまずその晩は泊まることにした。
帰路を考えるに、道中また同じような山道を通らなければならない。
ともすれば、再びレッカー車のお世話になる可能性も高い。
そして同様に、事故を起こす可能性も高いのだ。
今度は無事で済むかもわからない。
時間もお金もかかるが、そうは言ってられない。
最良の選択をしなければならない。
近くの宿でその日は休み、次の日の午後を目処に出発することにした。
○
幸い、安くてご飯も食べられるビジネスホテルを見つけ
そこで休むことができた。
ここでまた、雪の状況を調べた。
帰り通る道の標高や、雪雲の有無を調べる。
しかしどうしても途中、積雪のある場所を通らざるを得ないことがわかった。
一度、気温の上がる午後まで待ってから出発するか、
積雪の無い海の方に向かい、大きく迂回して帰るか。
これが選択肢だった。
もうこれは、後者を選ぶしかなかった。
午後まで待ったところで、帰れる保証はない。
安全に帰るのなら、所要時間を倍にしてでもその方がいい。
当初予定していたご飯は食べられないが、
アウトレットや別の美味しいご飯も食べに行ける。
道中寄り道しながら、ゆっくり帰ることにした。
○
無事、車を返却し、帰ることができた。
当初帰路として想定していた道は、依然積雪があったらしく、迂回して正解だったと思う。
ここまで振り返ると、本当に沢山の偶然が重なっていたことがわかる。
もし、温泉から早く出発していたら。
本来進めなくなった登り道を進んでしまい、
ノーマルタイヤの車は峠を越え、積雪のある道を下っていたかもしれない。
ともすれば、下り坂で車のコントロールを失い、最悪、死んでいたかもしれない。
立ち往生した際、目の前に現れた対向車のおじさん。
この人に助けてもらえたのも偶然だ。
おじさんの車にはドライバーなどの工具が揃っていた。
そしてすぐ側に、安全に待機できる宿があったのも偶然。
ここの宿の人がたまたま玄関先に出て来てくれたために、正確な住所を聞くこともできた。
それから
正確な住所が分かったために、タクシー会社を探し当てることもできた。
地名がわからなければ、見つけることもできない。
そしてレッカー車。
お兄さんが言っていたように、
積雪量がレッカー移動のできるギリギリであったこと、
ちょうど自分の前に、別件で山に来ていたためすぐに来ることができたこと。
何万分の1の確率だ、とも、本人が言っていた。
その後乗ったタクシーも、その会社に一台しかない四駆の車だ。
ここまで偶然が重なると、もう何かに助けられたとしか思えない。
車が進まなくなった場所、そしてあらゆるタイミング。
説明しようにも説明できない偶然が多すぎる。
そうこう考えるうちに、
帰り道、ふと先日割ってしまった2つの食器を思い出した。
…物が割れることは、何かのお告げ。
そして、降ってくる災いの身代わりとも言われる。
「割ったのは2つ…俺たち二人の身代わりだったんじゃ…」
そう友人が言った。
そしたら急に怖くなった。
自分以外の、目に見えない何かというものは
実態がつかめないために、恐怖を感じやすいものだと思う。
でも僕は、まさしくその何かに、助けられた気がしてならない。
偶然が、自分を助けてくれた経験、実は過去にもある。
しかしここまで偶然が重なるのは初めてだった。
身の回りで起こる出来事には、きっと何かの意味がある。
自分の側にいてくれる人との出会いにも、だ。
いろんなタイミングがあって
それらが噛み合って、出会うことができる。
だから
ここで今回、自分が沢山の偶然に助けられたことにも
意味があるように思える。
この先を生きていく意味が、きっと。
今回、いろんな場面でいろんな人に助けてもらえた。
だからその分、ちゃんと感謝したいし
そこで起きた偶然の意味を考えて
これからの出会いにも、何かの意味があると思って
生きていたい。