カミングアウト経験談 ②両親へ 前編

こんにちは。男の子が好きな男の子なつきです!

普段はLGBTQ当事者として思ったことや、高校時代のことを振り返る記事を書いています。

今回はカミングアウト第二回「両親へ」です。

僕が両親に打ち明けた時のことを書いていきます!

先週更新しました第一回「バイト先」はここで読めます。

(クリックで飛べます!)

https://www.amasawa.blog/%e3%82%ab%e3%83%9f%e3%83%b3%e3%82%b0%e3%82%a2%e3%82%a6%e3%83%88%e3%80%80%e2%91%a0%e3%83%90%e3%82%a4%e3%83%88%e5%85%88%e3%81%a7/



 


ではでは…両親へどのように打ち明けたのか、以下の順番にまとめていきます。

前編後編の二本です!

    いつカミングアウトしたのか
 何故、打ち明けたのか
 両親はどんな反応をしたのか(次の記事です!)

…です。それではどうぞ。

目次

いつ打ち明けたのか

両親へカミングアウトをしたのは、高校卒業後すぐの春休みだった。

浪人が決まりもう一年、勉強を続けることと決まった頃だ。

その時、中学時代の友人たちと旅行に行く機会があった。

みなが大学に進学する前のこのタイミングがいいと、旅行を計画したのだった。

この旅行は絶好の機会だった。

A4サイズのノートを切り取り、手紙にして、打ち明けることに決めた。

手紙にしてしまえば、口頭で伝えるよりも確実に、かつ簡単に打ち明けられる。

5枚ほどの手紙を書き、旅行に行く当日の朝、黙って家の階段脇に置いた。

そして逃げるように、家を後にしたのだった。

自分の目の前で読まれることは、避けたかった。

なぜ打ち明けたのか

打ち明けようと決めた一番の理由は、その先の両親との関係を慮ったためである。

中でも結婚や子供のことを考えた。

もろもろ心配になり、僕の人生に口を挟みにくる両親の姿が、容易に想像できる。

はっきり言うと、それは非常にめんどくさかった。

自分が、打ち明けるまで一生干渉されるのであれば、いっそ事実を言ってしまおう。

そう思ったのだ。

僕は当時、両親が嫌いだった。

高校に入学してからすぐ、予備校に行くことを半ば強制され、強く反感を覚えた。

中学時代の僕は、「優等生」だった。

生徒会役員を務め、成績も上々。

偏差値上位の高校に、筆記試験無しで合格した。

これだけ努力したのだ。高校生になったからには、少しでも「自由」でいたかった。

故に予備校に通う毎日が憂鬱でしかなかった。

こうした状況に重なるようにして、自分自身に葛藤する毎日が始まった。

クラスの友達を、それも男の子を、好きになってしまったのだ。

そんな中で僕は、どうにかして自分がどういう人間かを、知りたかった。

でも、周りに同じような人はいなかった。そこで頼りにしたのが、ネットの世界だ。

アメーバブログを通じて、はじめて、同じような人と出会うことができた。

それでも、当時叶わない恋をしてしまった事実は、当然変わらない。

加えて、「自分は気持ち悪い人間なんだ」という思いも、消えなかった。

自己嫌悪にさいなまれることが、日に日に増えていった。

 

ネットだけが、唯一の救いだったのは事実だ。

しかしその救いも、両親に奪われるリスクがあった。

当時僕はガラケーを使い続けており、スマホデビューを果たせていなかった。

それ故、インターネットは定額ではなく使用した分だけ高騰していくシステムである。

家にパソコンもなく、ネットの世界に繋がるには、携帯に頼るしかなかったのだ。

当然、携帯の通信費は徐々に大きくなる。携帯電話を取り上げると、脅されることもしばしばあった。

自分自身に悩み、自分の将来に絶望した。

当然、勉強や部活には身が入らなくなる。

ともすれば、両親からの圧力が増すのは目に見えていた。

こうした中唯一の「逃げ場」を脅かされながらも一日一日を過ごした。

どこにいても、心が休まるところはなかった。

死にたいと思うようになるまで、そう時間がかからなかった。

こうした中で両親を嫌うことは、必定だったのかもしれない。

 

「嫌いな両親とは、距離をとろう。」

「打ち明けたところで理解されないのであれば、その程度の親だったということだ。」

「その時は家を出て、一人で暮らそう。」

子供じみた考えだ。

「俺は俺の人生を生きるから、関わるな。」

そんな風に思っていた。

もう「どうでもいい。」と。

手紙を置いた時、その場から離れたいとは思ったが、不思議と緊張はしなかった。

「俺はひとりで生きていく。」…そんな決意表明だったからかもしれない。

1人で生きていくのなら、もう両親の反応はどうでもいい。

彼らが嫌いだったからこそ、勢いにまかせ打ち明けることができたのかもしれない。

何故打ち明けたのか。それは、子供なりに一人で生きていくための、必要な儀式だったからだ。

死にたいと思いつつも、自分が唯一できた、現実への逃避と抵抗だった。

 

続きます。

(クリックで飛べます!)

https://www.amasawa.blog/%e3%82%ab%e3%83%9f%e3%83%b3%e3%82%b0%e3%82%a2%e3%82%a6%e3%83%88%e2%91%a1%e4%b8%a1%e8%a6%aa%e3%81%b8%e3%80%80%e5%be%8c%e7%b7%a8/

 

 

よかったらシェアしてね!
目次
閉じる