高校生の頃⑦ 言葉にはできないものと、思わせぶりな人

高校生の頃、7回目です。前回の記事はこちらから。

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では、続きます。

 

 

まだ何にも縛られず、形もなく、

自由で不安定だったものたち。

 

 

「手、つなご?」

 

そんな風にして、彼は僕の手を取った。

指先が少しだけ絡んで、

それはすぐに、離れてしまった。

 

目次

恋も異性も、知らない者たち

言葉と感情

誰かに強く惹かれる経験。

初めてこれを経験したのは、いつだっただろう。

そんな風に、誰かを強く求めてしまったことがない内は、きっと恋とは何かを、知らない。

「恋」というものを、言葉の上では知っている。

でも、それがどういう心のあり様なのか、気持ちの動きなのかを知らない限り、

その言葉と経験が結びつくことはない。

ある程度の時間と経験を経た後、

「ああ、あれが恋ってものだったのか」

と、往々にして後から気づくものである。

 

その、気づくまでの時間。

自分の気持ちだったり、行動だったりが

一体どう言う状態なのか、言葉として知らない時間。

もしかすると、この期間の方が、幸せだったのかもしれない。

 

自分の思いが、気持ちが、一体どういう状態なのか知らない。

言葉として説明ができない。

そんな風に、

言葉にはできない感情の方が、何倍も自由で、

自分だけのものとして、大事にできる気がする。

 

言葉にしてしまった途端、自分の感情や想いが型にはめられる。

そして、万人に共通の、俗物的なものとして、ひどく退屈なものになる。

 

まだ言葉を充てられず、自分だけの気持ちとして持っていた頃、

きっとそれは自由で、幸せだった。

放課後の浮気心

他人の熱と、思わせぶり

その日は部活動が始まるまで時間があった。

授業が早くに終わり、クラスの皆は各々好きに過ごしていた。

サッカー部の彼は部室で過ごしていた。

その他の友達も、みな部活動が始まる前というのに、活動場所で時間を潰している。

 

自分はTと一緒に過ごしていた。

教室にいるのも退屈してしまうから、校舎内を散歩することにした。

他の学年はまだ授業中である。

教室の外に出ると人通りはなく、思いの外静かであった。

 

階段を伝い、一階まで降りる。

他愛の無い話をしながら歩く。

こういう誰もいないところを歩くのは楽しい。

日常から少し外れるような、そんな感じがして、

そこを友達と二人でなんとなしに歩いていることに、

少しだけ不思議な感覚になる。

 

「手、つなご?」

と、Tは口にした。

校舎から外に出たところ、取り留めのない話の途中、

彼は唐突に口にした。

そのセリフから間隔をあけず、僕の手を取る。

指の背と背が少しだけぶつかった後、

その指が絡んだ。

他愛の無い話の延長、それ故何か特別な物言いでもなく

自然に彼はそう口にして、手を取った。

それ故に何も言えなかった。

 

人気のない校舎の陰、それでいて静かな場所。

他人の体温を指先に感じる。

しかし、僕はそれを離してしまった。

人気がないにしても、人がいないとは限らない。

それ以上に恥ずかしくて、照れのようなものが顔に浮かんで、

自分から離してしまった。

 

この時の自分が、Tに何を言ったのかは覚えていない。

 

そのままあてもなく歩いていると、校門付近まできてしまった。

「もうこのまま俺の家まで、一緒に帰ろっか」

Tは笑いながら、そう口にした。

そんなことができたら、きっと楽しいだろうな、

なんて思わずそう感じてしまう。

「最近部活どう?」

「普通かな」

「俺さ、最近同じ部活の女子にノリで大好きだよーとか言っちゃうんだよね。」

「相手がそれを本気にしないならいいんじゃない?」

「まぁね笑」

「…」

「ねね、大好きだよ?」

少しだけ間を挟み、Tは僕の名前を呼んで、

また同じように、特別なそぶりはなく、笑顔でそう口にした。

 

 

手を握られたすぐ後のこと。

全部、Tなりの冗談なのだろう。

普段は友達として接しているT。

好きだった彼とはまた違う系統だけど、同じようにして人懐っこく、優しい人。

自分より少し身長が高くて細身。

でもバスケをやっているだけあって、華奢ではなく締まっているという言い方の方が正しい。

好きだった彼以外に、こんなドキドキしてしまったのはTだけだった。

 

放課後、初恋の相手以外との、ちょっとした浮気心。

それから、こそばゆい思い出。

 

言葉と真意と

放課後、誰もいない場所で。

手を握ってくれたこと、大好きと言ってくれたこと。

真意は分からない。

Tがどんな気持ちだったのかすらも、分からない。

でもそれはきっと、恋とかいうものではなく、

ただ親しい間柄として、一時的に相手に惹かれるような

そんな気持ちだったのかもしれない。

 

目の前の相手に触れたいと思う感情

その正体に、言葉を当てはめなくたっていい。

手と手が触れそうで、触れないそんな距離感。

少しだけ触れてしまった時の、ピリッとした感覚。

きっとそういう言葉にできないようなものが積み重なって、

揺蕩う気持ちで、

あの瞬間を一緒に過ごすことができたのだから

今思えば、本当に忘れられない思い出なんだと思う。

 

言葉にできない瞬間。その瞬間を共有してしまえば、

それはきっと、そこは二人きりの場所と時間。

なんだか共犯者みたいだ。

悪いことをしているような、それでいて、二人だけの秘密を抱えるような。

16歳の自分には刺激的な時間だった。

 

 

ところで10年経った今、この経験が果たしてどんな感情で、どんな言葉に当てはまるのかを考えてみたが

案の定、何も思い浮かばなかった。

言葉になんてできなくていい。

ひどく曖昧で不安定でも、ふわふわと揺蕩ってしまえば

それは自分だけの記憶になる。

 

 

 

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